Scenario Sample 02

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受付に切符を見せて室内へ。中に人は居なかった。
ソファーとテーブルが何台ずつか置いてあり、奥の方にはドリンクバーがある。

イースはきょろきょろと室内を見渡すと、僕達に紅茶をいれてくれた。
ティーパックの物だったが、僕好みの程よい濃さだ。

アッサムティーを一口飲んで、僕は2人に話しかける。

ティル「今回の旅の事についてだけど………」

新聞を広げていたロッサと目が合った。

ティル「少し話したが、これから列車を乗り換えて都市に向かう」

ティル「列車の中で国境を越えることになる。
実際の入国ゲートは暫く先だが、国境を越えた瞬間から何が起こるか分からないらしい」

ロッサ「聞いたことはあるけど。実際どうなんだかね」

ティル「さあ、それは僕にも分からないよ。
ただ、身構えていた方が良いかもしれないなと思ってる」

ロッサ「何が起こっても対応できるように、だな」

ティル「ああ、そうだな。ただ一つ気になるのが――――」

ティル「―――魔法が、生きているらしいんだ」

ロッサ「へぇ………」

イース「魔法、ですか」

ティル「正確には魔術というんだったかな………。
僕は専門外だから分からないけど、この時代にそんな物が生きているなんて」

ティル「………あ、すまない」

ロッサ「いや、別にいんだけど」

ロッサはぱたぱたと手を振りながら笑う。

魔術は、学問の一つだ。
言語学と、物理学と、数学等の学問を複雑に絡ませて組み上げる技術。

大昔の王族が、その時代における全ての知識を集結させて作り上げたと聞いている。
曰く、神学・錬金術・占星術に平面幾何。

いわゆる数秘学からなる、カバラの云々とか。
果ては東方に伝わるイタコまで……

とにかく、富と権力に物を言わせて、それはそれはもう盛大に研究し尽くしたんだとか。

ティル「いくら根底が学問とはいえ…実際に見てみないとよく解らないな」

ロッサ「元々、戦争の道具にしようってんでスタートしたらしいぜ。
疲れない兵士、死なない人間。永遠のテーマって言えばそうなるか」

ティル「君の居た所には、まだ魔術が残っていたんだっけ………」

ロッサは、僕の所属する学園に来るまでは、職人街の見習いだったと聞いている。

この国の職人街といえば、どちらかというと変わり者の吹きだまりみたいな扱いだ。
職人肌といえば聞こえは良いが、何を作っているかよく分からないし、仕事を依頼しても軽く断られるし…。

僕も何回か仕事を依頼しに行ったことがあるが、5回行って5回断られた。
6回目で根性あるな、とか何とか、気持ちよく引き受けて貰った記憶がある…。

ロッサ「見習いだけど」

ティル「それでも凄いよ、僕はあの人達とどうも上手く会話出来なくて」

ロッサ「いやー、変わり者っていう点では、ティルも負けちゃいねーと思うぜー?」

ティル「どういう意味だ」

ロッサ「ははは………。まあそりゃそうと」

ロッサ「魔術って学問だから、初歩は誰でも使えるんだよ」

ロッサ「ただ、複雑な事をさせようとしたら、それなりに時間も手順も踏まないといけなくてさ。
だからあの職人さん達が仕事してるわけ」

ティル「工業製品の一部に組み込まれてるとは聞いているけど」

ロッサ「手間の割に出来る事が限られてるからな。
偶に凄いこと出来る人はいるけど、そういうのはもう血統からして違うらしいぜ」

イース「血統、ですか」

ロッサ「魔術は血に溶けるっていって、そういう技術と人間の血液って親和性が高いんだよ。
元々、人間が土人形から出来たとかいう話もあるくらいだし」

ティル「うーん、分かるような、分からないような………」

ロッサ「心配しなくても俺も分かんねー!」

イース「あなたがそれを言ったらダメでしょう」

ロッサ「だって俺見習いだし、才能ねーからこっちに来たんじゃん」

ティル「才能なかったのかい………?」

ロッサ「あ、聞き返されると結構傷つくよセンセー……」

ロッサはうーん、と唸りながら頭を掻いた。

ロッサ「………職人の親方と喧嘩してたたき出されちゃった☆」

ティル「まあ、そんなことだろうと思ってたよ………」

ロッサ「にしても、魔術が生きてるっていうなら、尚更用心しねーとな……」

ティル「そんなに危険な物なのかい?」

ロッサ「やー…ほら、元々軍事技術じゃん?
使いようによっては、命のやりとりになってくるわけで………」

ティル「………」

技術や学問は、軍事利用と隣り合わせにあるものだ。
それが良いことか、悪いことかといえば、国レベルで見ればどちらともいえないのだろう。

ただ、僕個人としては。
そんなことに使って欲しくなどない。

以前、僕の研究成果の一部も、軍部に持って行かれた。
いや、知らない所で持ち出され、暴かれ、違う物へと変貌していたというのが正しいだろうか。

ティル「国に行かないと、分からない事だらけだね」

僕の呟きは、僕の顔が映った紅茶に溶けた。


* * *


シャワールームを交代で使い、食堂車でディナーを食べて、僕らはコンパートメントに戻っていた。

消灯時間が過ぎ、辺りの電気は消えている。

足元にある小さな明かりだけがコンパートメント内を仄かに照らしていた。

ティル「………」

小さくため息を吐く。興奮と緊張のせいか、眠れないようだ。
仕方なく薄暗い天井を見上げたまま、規則正しい鉄路の音を聞く。

あまり出歩かないイースは、環境が変わったら眠れなくなるのでは、と思ったが。
小さい寝息が下から聞こえてくる。僕が知らないだけで、案外たくましいのかもしれない。

ロッサ「ティル」

控えめな声でロッサが話しかけてきた。

閉じていた目を開けて、ロッサの方へ頭を向ける。

眼鏡を掛けていないので、ロッサの姿はぼんやりとしか見えないが、視線はこちらに向けられているようだ。

ロッサ「眠れないの?」

ティル「ん………。子供みたいだな」

ロッサ「はは、センセーいつも移動の初日は眠り浅いじゃん」

ティル「困ったものだが、直らないんだ………」

ロッサ「そういうもんなんじゃね」

ロッサが小さく笑う。僕も、つられて少し笑った。

ティル「今、どのあたりだろうな」

ロッサ「さっき鉄橋を渡る音がしてたから、もうそろそろファブリックコートを抜ける頃なんじゃない?」

ティル「そうか…。目が覚めたら首都だな」

ロッサ「そして更に一日で、憧れの無形都市ってわけだ」

ティル「そう考えると、決して遠くはないんだけどね」

ロッサ「他国なんてそんなもんじゃん? 近くて遠く、遠くて近い」

ティル「ああ、同感だ」

お互い少し会話が途切れて、コンパートメントの中は列車の走行音だけが響く。

ロッサ「………あ」

ティル「どうしたんだい?」

間の抜けた声をあげたロッサが、布団からごそごそと這い出した。
何をするのかと思ったら、窓際のカーテンの合わせ目に手を掛けている。

シャッという音を立てて、カーテンが開かれる。
線路に沿って立ててある街灯を通り過ぎる度、長く伸びた光がコンパートメント内を走る。

ティル「なんだい? 眩しいよ……」

ロッサ「ティル、上」

ロッサが天井を指さす。
僕も天井へ視線を向けると、頭上のブラインドが連動して開いていた。

ティル「これは……」

ロッサ「なかなか粋な計らいだな」

嬉しそうにベッドに寝転がるロッサ。
僕も同じように横になる。丁度、寝た状態で夜空が見えるようになっているようだ。

昼間は折りたたんだ寝台が日差しよけになるので、直接日の光が降り注ぐことはない。
つくづく上手く出来ている車両だと思う。

ロッサ「朝も気持ちよく目覚められるんじゃね? センセー」

ティル「どういう意味だい」

ロッサ「眩しいって唸りながら起きるティルが目に見える、って意味」

ティル「コメントは控えておこう………」

ロッサ「ははっ」

ロッサ「―――眠れそう?」

真っ直ぐこちらを見ながら、ロッサが静かに聞いてくる。

ティル「………。
ああ、空を見ながらなら、落ち着けそうだ」

ロッサ「だからって、星座とか時刻とか緯度経度…なんて考えてたら、また眠れなくなるんだからな」

ティル「しないよ。それに、今日はあまり星は見えないしね」

見上げた夜空に、ぽっかりと浮かぶ銀の月。
そういえば今日は満月だった。南中した月が、僕達の頭上にある。

日の光とは違う、柔らかくて優しい光だ。
裸眼なのでぼやけてはいるけれど、ロッサの輪郭や、髪や、少し眠そうな表情が見える。

僕なんて放っておいてさっさと眠れば良いのに。
妙な所で律儀な奴だ。

ロッサは返事の代わりに目を細めて笑い、そのまま眠りについた。

やれやれ、うちの二人はどちらも寝付きが良いな、なんて苦笑しながら、僕は暫くその寝顔を眺めていた。